ひびきあふ

自然の音と響き合ふ

タグ:桔梗

野に在りて詠まむ
命のほのほ在りて
詠まむとす

過日、Aさんからコメントを頂きました。
昔日を思い出させて、頂きました。 
桔梗の蕾を、一つずつ潰してポンポンと音をたて遊んでいたものでした。
ご本人は「悪戯」と決められていました。

実は、そこにヒントがあります。
蕾を潰した悪戯をしたのなら、その音を膨らませて句を詠まれては如何でしょうか。
蕾を潰す音があるなら、花開く時の音もあるではないのでしょうか。
さらに敷衍すれば落花の音も、あるのではないでしょうか。

 きちかうの花ひらく音落つる音   詠人不知 

といった、表現や捉え方もあって良いのではないでしょうか。
花は生き物です。
そっと感慨を込めて詠んでみては、如何でしょう。

花の命は短くて
苦しきことのみ
多かりき 

花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ

いつもどう詠めば美しく、表現できるか考えております。
それは写真に撮るときも、そうであります。
どの角度から撮れば、より素敵に撮せるかを考えます。
反語も考えます。
ぼくは、いつも反語辞典を机の横に置いています。
俳句は、そうしたものだと思っています。
「正 反 正」を繰り返す弁証法のような、ものです。

少し生意気なことを書きました。
ご容赦を。


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 俯きて矜持は捨てぬ桔梗かな

           荒 野人

 

野に在りて詠まむ
命のほのほ在りて
詠まむとす

月が変わり、2日目には空気が入れ替わった、と云うのだ。
確かに、夕方から夜さらに翌日と日差しは暑いけれど大気は涼しさが増した。
秋の空気となったのが、分かる。
ただこの週末には、台風が襲来する模様である。
関東南部に上陸、するらしいのである。
台風対策、おさおさ怠りなきようになさって下さい・・・。

部屋に滑り込んでくる空気は、爽やかである。
肌にまとわりつくような嫌らしさは、ない。
気分が軽くなった、のである。
体のメンテナンスが終わったと云う、こともあろう。
なんだか知らないけれど、無性に軽やかに世間様が見えて仕方が無いのである。

と云うことで、おっとり刀で外出の準備してを始めるのであった。
ちいさい秋を、見つけようという訳だ。
大体の目星はついて、いる。
あそこにけば・・・。
あそこでは・・・。
あのベンチの裏には・・・。
などなど、見当がある。

きっと小さい秋が、溢れているに違いないのだ。
ちいさい秋は、遅れた夏でも良い。
神羅万象、全てが可愛いのだから。

第一回は、桔梗。

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「きちかう」と平仮名では表記する。
紫色の憎いばかりの色合い、である。
白桔梗もあるけれど、やはり紫が好きだ。

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項垂れているように見えるけれど、違う。
しっかりと大地を、見据えているのである。

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 きちかうの見据える大地蕊の白

            荒 野人


 

野に在りて詠まむ
命のほのほ在りて
詠まむとす

きちこう、でも良い。
おかととき、或いはありのひふきぐさ、一重草(ヒトエグサ)とも云う。
初秋の野山を飾る、象徴的な草花である。

外連味のない花だけに、家紋としても知られている。
明智光秀の家紋としても、知られている。 
そもそも家紋なるものは、黒一色が多かった。
その中で、水色の桔梗紋は珍しかった。
織田信長は、光秀の家紋を羨ましがったとある。
因に、織田家の家紋は「織田木瓜」である。

22年8月15日きちかう白

近頃は、白の桔梗も目立つのだけれどやはり白はいただけない・・・。
薄紫の桔梗こそが、桔梗だと言っておこうか。


21年0907桔梗


 きちこうの外連味の意味も知らざり

              荒 野人
 

野に在りて詠まむ
命のほのほ在りて
詠まむとす

句友がいると云う事は、嬉しい。
まして野人のように、矜持ばかりが先行する性格では・・・。
対して句も上手く無く、下手の横好きでは尚更だ。

コロナにも、そう云いたい。
人間と共生することを考えよ!
と。


 0923桔梗


 野にあらば桔梗の色を問ひもせず

             荒 野人
 

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